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2月17日 その2

すいません順番逆ですけど その2書きます。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

次に母ちゃんの兄貴つまり伯父さんに連絡してみる。

携帯は知らないので、自宅に連絡。出ない。焦る。

少し考えて、古くからの友人の名前が思い出せた。電話番号検索

おっ、携帯の番号も登録してあった。

電話してみる。・・・・・・・繋がった・・・・・・・・でた!

『おー○○どないしたん』

「あのな、母ちゃんが大変らしいねん。ほんでとりあえず行ってやって欲しいんやけど」

『えっ、おばちゃんもな、今病院やねん。』

うそ。早いなあ。

と、思ったらどうやら、自分の病気の方で違う病院にいるらしい。

んで、とりあえずあと2~3時間程かかりそうだが、終わったらそちらに向かうとのこと

『どこの病院なん?』と聞いてくる。

病院の名前を言うと、すぐ分かったとのこと

(どうやら、後から分かったが入院した病院は当たりの病院らしく【大学・国立ではない】

県内の私立の脳神経の方では有名らしい。地元の友達も知っていて、逆にまず病院の

名前を言ったら『えっ、ほな脳の方なん』と連想された。そういう意味ではよかった)

一通り連絡して、どうしようと考える前に、

母ちゃんの携帯から連絡が!!!

「もしもしっ、おいっどないしたん。大丈夫なんか?」

『あーーもしもし。看護婦さんから聞いたあ。入院することになったんよ』

『頭が痛くて、・・・・・・・・』その後の言葉は聞き取りづらく、判別つかなかった

声色が変わり『あー、息子さん?△病院の□□です。どなたか連絡取れました?』

「えっ、あのまだですけど(すいません、書いてから気づいたけど、この後に母ちゃんの

友達に連絡していた)親の方は大丈夫なんでしょうか」

『今はMRIの結果によりますが、おそらく脳梗塞の疑いもあります。ところで今息子さん

は東京ですよね。ちょっと来るのは掛かりますかね(時間が)』

ちょうど今仕事場は羽田空港だった。

私のすぐ20m近くを着陸したてのANAボーイング747が悠然と通りすぎる最中だった。

「大丈夫です。今羽田空港ですから」

看護婦さんびっくり、俺こんな流れにある意味感動。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

とにかくすぐに事務所に帰り

直近上司の課長へ連絡。コールしたけど留守電に。

留守電に「親が倒れたので帰ります」と残す。

次に今日予算決めの打ち合わせを行う予定だった先輩のところへ

「お疲れ様です。○○です」

『おーお疲れ。メールでもらったやつだけど、5時じゃ遅いなあ。もっと・・・』

言葉を遮り

「すいません。親が倒れたので。帰ります」

『???・・・・・・分かった』

この先輩この後も絡んでくれるが、実に迅速でなおかつ情報収集が早い

ちなみに後からの連絡で、乗った飛行機も調べていた

(おそらく同じように空席案内を調べたのだろう)

おかげで現在の状態で病院にいられるのもそのおかげだと思う。

ありがとうございます。K先輩

そのあと他業種の方(同じ事務所にいるひと)に連絡。

事情を話し、ちょっとフォローお願いすると、分かりましたとのこと

最後に元請の事務所へ(ウチの事務所の上にあるので直接向かう)

所長はいないが、課長がいたので訳を話し、この場を離れることを伝える

返事『あそう、分かりました。それでね、ここのこれなんだけどこれでいいの・・・・』

あえて書きませんが、普通の人が感じると思われる思いを感じました。

所詮別の会社の人間のことだから関係無いのか。普段なら心に引っかかりそうだが

そんなこと相手してる暇はないので、さっさとお答えして出てきた。

事務所戻る。ちょうど12時

まず、ネットで飛行機の空席確認する。

ANAの空席情報・・・・・・・本日は満席。マジでかい。やばいなあ、金曜やし

すぐさまJALの空席情報へ・・・・・・たのむよ・・・・・

普通に空席あり。しかも、午後便2本ともOK

そういえば、時事ネタ的には内紛だの、ちっさいミスなど散々たたかれていましたねえ

そらー、お金同じで時間もそんな変わらないなら、明らかに危なく無い方を選びますねえ

しかし、今の俺には関係なし。15時40分発抑える

とりあえず食欲があるのか無いのかよく分からないが、後で食べる暇も無いと思ったので

弁当を食う。うまいかまずいかわからない。途中でやめる。

そのあとは2時まで仕事をする。

どうなってるのか想像しても思いつかず、いい想像もしない。

なら仕事のこと考えている方がなんぼかまし。

で、いつもの倍くらいの勢いで仕事をかたづける。

3時第1ターミナルにてチケットを購入中に知らない携帯番号より電話。

でる。

『おー○○か、おいちゃんよ』伯父さん(母ちゃんの兄貴)だった

『どこにおるんぞ。いつ来れるんや』

「いま空港。これから飛行機乗るから」

『そうか、わし病院におるから着いたら連絡せい』

「(母ちゃんは)大丈夫なん。どない?」

『大丈夫やけど、先生も話あるみたいやからもんてこい(戻ってこい)』

久々に聞いた声だった。が、とにかく急がなくては。

売店でタバコを買い貯める(と、言っても2箱分)。なんか、そんな気分にさせられた。

俺を乗せたボーイング777は定刻を10分遅れで出発することとなった

その3へ

2月17日 その3

飛行機内では、何も考えなかった。考えられなかった。

まず、想像しても良いことは無い。現実を見てからだ!と思いつづけた。

もっていたR25(無料情報誌)を開いてみる。

普段なら、ふーん。おっ面白いなあ。なんて記事にも無反応だった。

ずっと気が張っていたのが弱まったのか、うつらうつらしてしてると地元に到着。

17時20分くらいだったかすぐにタクシーに乗り、病院へ。

よくドラマなら、飛び降りて受付に駆け込む。なんて感じだが、実際は

普通に降りて、階段にて3階へ。走ることも無く病室へ。だった

病室に向かう途中他の大部屋が見える。寝たきりの方の姿など見える。

気持ちが重くなる。

108号室に到着。すぐに伯父さんと友人の姿が見えた。

カーテンをめくると、横になっているが普通の顔色で普通にしゃべる母ちゃんがいた。

伯父『おー、帰ってきたか』

友人『あんた、痩せたねえ。』

母ちゃん『ごめんね、こんなんなって・・・』

いい意味でだけど、いつもと同じやないかい!て感じだった。

とにかくそんな外見は普段と変わらない。しゃべりも、よく母ちゃんを知っている人間ならちょっと言葉尻が変かもしれない程度。トイレも普通に一人で行ける。

違うといえば、右腕に射された点滴針がある位だった。

ふっと肩の力も抜けて、たぶん顔つきも落ち着いたのだろう。

伯父さんが『とりあえず、お医者さんところへ行こう』と言う、そして2人でナースステーションへ向かう。

いつもなら、看護婦さんがいっぱい!ええとこや~!!くらいの場所だが、

これから始まることを前にして、その空間とそこにいる人たちは、俺の意識から

離れていた。

お医者さんより説明が始まる。

『これがMRIの写真なんですけど』と脳ミソの輪切りの写真を見せられる。

母ちゃんの脳ミソである。なんか、見てはいけない物をみているようで落ちつかなかった。

『こちらの左側の真ん中当たりに黒い影がありますよね。ここが、いま血が流れてない場所です。』

『症状としては脳梗塞になります。結構ひどい状態です』

ちょっと文章じゃなんか、無愛想になってしまったが(実際はそんなことないです)

【文才のない俺・・・】

先に本人見ている分ほんとにそうですか?と思う部分はあった。

ただ面と向かって脳梗塞といわれて覚悟はしてたが、いろんなものが崩れてゆく

感じがした。

『これから麻痺とか出てくると思います。ただ症状によってはリハビリなどで長嶋さんみたいに

回復する例もありますから』

とにかく聞いてみた

「良くなるんですか?」

医者『とにかく今は点滴などで、詰っている血管を通りやすくしています。ただ脳という場所

だけに、手術する訳にもいかないので、しばらくは血管への薬剤の投与となります』

『その上で様子を見るしかないです。そのためには2~3週間ほど時間が必要です。』

とにかく生死のレベルまではいってないようだ。

医師は深刻そうに重いと言っていたが、本人みてそう思えなかった。

きっとMRIの写真は写りが悪いが、なーんだ大丈夫じゃん!みたいなところで

落ち着くと思った。

また、病室に戻る。

本人も知らされているらしく、ちょっと自慢気に母ちゃんが

『でっかいのあったろ。あれがいかんのよ』と話してきた。

「なんで、病院行け!言うとったのに行かんかったん。せやからこんななんねん・・・」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

実は1週間ほど前、伯父さんの息子(俺と同い年)が結婚すると母ちゃんからTELが入る

『あんた出るん?忙しいから無理せんでええよ』

「あほ。出るわ。身内の祝いなんやから、あんたらの仲(伯父さんと母ちゃん)は関係ない」

という会話をしていた。もっとも、上記の理由の他に帰って地元の友達の飲んだり

結婚式はある種、次の結婚式への布石でもあるので、どじょうを探したいななんて思うところもあった。

『しかし風邪が長引いていかんのよ・・・』

俺は母ちゃんから風邪引いたなど聞いたことが無い。

おそらく連絡しないだけで、そういうことはあったのだろうが決して俺には言ってこない人だと

思っていた。

変だ。まずい。

「それあかんよ、病院いったん?」

『いや薬はこうて(買って)きて、飲んでるけど・・・・』

「あのな、あなたに初めて命令する。病院に行け。あとで確認するからな!」

初めてここまできつく言った。そのくらい気持ちに引っかかった。

2月14日 メールで確認を求めたが返ってきていなかった。

その時に何か出来ていたかもしれない・・・

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

病室で母ちゃんから前日からのあらすじを聞く。

母ちゃんは頭痛持ちで、肩こりからよく頭痛を起こしていた。

これはどうやら遺伝しているらしく、じいちゃんがそうで、母ちゃんの姉さんもそうらしい

今年に入り風邪を引いたらしく、ずっと直らなかったらしい

(今思うとだが、風邪ひくと肩がこってくるがその肩こりと頭痛が繋がっていたのではないのかと思う。

つまり脳梗塞による頭痛の前触れ→肩こり→風邪といった逆解釈を母ちゃんはしていた

可能性もある)

そして入院の前の日から頭痛はひどくなり、また麻痺の症状も出ていた。

気がつくとよだれが落ちていたらしく自分でもおかしいと思ったらしい。このとき

救急車を呼ぼうか迷ったらしいが、薬を飲んで寝たら直るだろうと無理やり寝たらしい

翌朝、遅刻などしない母ちゃんが遅刻していたらしい。

会社の同僚からの電話で起こされた。すでに言葉はおかしい状態だったが、

母ちゃんは着替えて出勤したようだ

(この辺本人も自覚症状はあった)

だが出勤先で明らかにおかしい為、同僚の人たちが、帰って病院へ行くように言った。

それで母ちゃんも決心して家に帰り、タクシーで今の病院へ来たということらしい。

普段大病などせず、入院などしたことも無い。タバコ・お酒もとらず、質素だけどおそらく

健康的な生活をしていたのだと思う。ただ几帳面・気難しい部分がありストレスの発散

するのは苦手な人だとは思っていた。(ま、同じ血を引いてるから多少同じかなと思う部分もある)

これは、この後のもっとそう思う節が色々でてくる。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

一通り、話したあと、伯父さんに留守番してもらって

母ちゃんの友人と家に着替えとか取りに行くことになった。

だいぶ安心したせいか、俺もよく喋るようになっていて普通に世間話する余裕もあった。

友人の車(俺運転)にて家に到着。

家はその病院から1kmくらいだと思う。

なにせ、病院の前の通りをまっすぐ行って、一回左折するだけ。

近いとこにあったのも、何かよかったのかもなんて思ったりもした。

久々に帰る。

思えば正月には帰ってなかったので、昨年のGW以来である。

でも大体帰る周期は1年~1年半くらいでそういった意味ではまだいいかなと

鷹をくくっていたのだが、こんな形になるとは。

部屋に入る。1DK。6畳間とキッチンのみ。

それも、建物が古いので、便所は和式(バス・トイレ別)風呂は物干し場になっていた

(お風呂は近くに温泉があるので、狭い風呂は使っていなかった。

また、2日置きくらいに入浴していたようだ)

まず、こたつ机の上が散らかっていた。

そしてベットの上には脱いだものが散乱していた。

こんなこと、母ちゃんではありえない。

つまり、それほど入院前から症状がでていたことを意味していた。

そのことに、再度恐怖感を覚えながら、着替えなどを用意していた。

友人はこういうのになれていて必要なものを指示してくれた。

着替え(下着・パジャマ)、サンダル、ティッシュ、歯ブラシ、入浴用具、タオル(大・小)

携帯の充電機、コップ

途中コンビニで水とお茶と簡易コップを購入病院へ戻る。

戻ってしばらくして、旅行先から親戚が帰ってきたらしく、病院に来た。

そんなこんなで、時間は9時になっていた。

出入りの制限が9時でこの後は出れなくなることから、容態も穏やかそうなので

その日はみんな帰ることとなった。

俺は仲のいい友達に電話して、とりあえず一緒に飯喰うこととなった。

また、本来明日会うはずだった友達には電話して現状を伝えた。

皮肉なもんである、俺が地元にいて、友達は関東にいる。

ほんとは、土曜はサッカー日本×フィンランド戦を浦和のスポーツバーで

見る予定だった。俺も結構行きたかった。(そんなん行く機会なかったし)

友達に迎えに来てもらって、居酒屋に行く。

友達は晩飯食っていたので、あまり喰わずまたノンアルコール。

(本当ですから、やっぱ罰金怖いし)

俺は、だいぶ安心したのもあり、ビール中ジョッキ2本ほど飲んだ。

一人でべらべら喋っていた。友は黙ってそれを聞いていてくれた。ありがとう

12時、送ってもらって帰宅。

主のいない家へ戻る。

と、まず保険関係とかないか、物色する。

そのなかで日記を発見する。

今年から書いているぽい。

日記といっても、週間予定のちいさなコマにメッセージ程度だったが、

なんか、こういう物がある自体何かを発散させようとしていたのではないかと

考えるには十分の物だった。

ごめんな。何か俺にも出来たことがあったはずだったのに。

そうして電気カーペットの上にそのまま寝てしまった。

2月17日

その日は、会社の同期の送別会がある日だった。また会社の予算決めも打ち合せする予定だった。また、翌日の土曜日は、たまたま仕事の研修で上京している地元の友達と飲む約束していた。忙しいけど充実した週末。ちなみにこの週はその予算組に頭を悩ませ、ずっと事務所泊まりだった。いつものように、11時の打ち合せに参加していた、そして一本の電話が入る。市外局番が実家の局番で始まっていた。はてなという思いと、瞬時に嫌な感じを覚えながらでる。「○○(私の名前)さんですか。」聞いたこと無い声だが、さらに嫌悪感が走る。そして、すべてが始まる。「△病院ですけど、お母さんが大変なんです」 最近になって将来どうするかなんてことを考えていた。その時ドラマじゃないけど、いつかはかあちゃんが大変ですなんてこともあるんだろうな、とは脳裏によぎったがそれ以上に自分のことでいっぱいだった。 全身が凍り付くというより、体中すべての細胞が「えっ!何」という状況を理解できない状態になった。話を聞くと、朝看護
婦さんがかあちゃんから頭痛がひどいとの電話受ける。病院側はいますぐ来てくれと連絡。一人タクシーでかあちゃん病院へ。看護婦さんがあったときには、一人で立てず、言葉はうまく喋れない。緊急でMRIを受け、即刻入院するので来てほしいとのこと。そして、脳障害の恐れがあるということだった。 かあちゃんは私が5〜6才位に離婚した。それからは再婚もせず(まあ同棲していた時期もあった。私もまだ地元にいた時期で息子公認だった)私が東京に来てからはずっと一人だった。かあちゃんには兄と姉がいて兄は地元にいた。姉は大阪。あとは仲の良い親戚が一人(一時一緒に住んでいた)あと古くからの友人が一人地元にいて、よく帰ったときには、親戚のとこと友人とこには挨拶に行っていた。兄とはあまりうまくいってなかった見たいで、じいちゃんのことについて話す位だった。 心搏数がものすごく上がった。でたことの無い脂汗が出てきた。とにかく、まず地元の人たちに連絡しようと親戚の携帯に、出たが、今は
旅行先だということ。夕方には戻るのでそしたら向かうとのことだった

バレンタインデー

うーん、どうなんだろう。

バレンタインデーてことで、先週こんな話をしていた。

「11日にケーキ教室へケーキ作りに行くから、作ったらあげるね。」

ちなみに、男友達と一緒に行く予定だったらしいが…

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

で、11日夜なんも連絡ないので、TELする。留守電。

でも。メール帰ってくる

「新宿で飲み中」

ほな、しゃーないな。でも、ケーキ気になるので、わざとらしくメール。

「どーだったの?ケーキ教室」

その日は結局返事なし。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

翌日日曜。おいらはお仕事。

んで、夜お仕事終わる。ケーキは気になるが、まあ気まぐれなとこあるし

なんかあって行ってないのだろう。

それより、翌日は仕事で朝早いので(5時起き)だったので、早く寝ねば。

9時くらい。電話

「ケーキ作ったから取りにきて。」

俺『えっ…ほな今からいけばいいの。』

「でもご飯食べてないから11時以降で」

『でも、翌日早いのよね、うーん』

「(ちょい怒りモード)じゃ、車で朝取りにきてそのまま会社いけばいいじゃん」

『いや、そのまま泊まりだから無理だし…』

「じゃいい。だれにもあげない(ケーキ)から。じゃあね」

『・・・・・・・』

悪いのか俺は。

甲斐性無いのかもしれないけど、いつも多少の無理は聞いてるつもり。

がんばりゃ寝なくてもいけるのかもしれないが、その日の重要性からすれば

そういういい加減なことは出来なかった。

一生懸命作ってくれたと思うし、そんなバレンタインのプレゼントは今まで貰ったことはない。

でも、せめて連絡くれてればなんかそれなりに準備とか出来ていたかもしれない。

。。。。。。。。。。。。。

分からない。

どうしていたら良かったのか。

ただ、自分の気持ちは

「こっちも聞いていたのだから、返事くれてもいいじゃないの。勘違いかもしれないが

作る日も違っていたし(でも、間違えていないと思う)

土曜日の返事は結構がっかりした。

だから、テンションあがらず日曜に急にそんなこといわれても、俺にだって予定がある。

悪いとは思うが、今回ばかりはしがらみを跳ね返すような力も湧いてこなかった。」

分からない。でも、ええかげんにせいよ的な気持ちも結構ある。

分からない。どっちにしても面白くない。

分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。

食は命の源なり

昨日記載し忘れていたので

昨日ちょっと早く(多分普通が人のちょっと遅くなった位だと思う)帰ったので

飯買って帰りました。で食べる前と食べた後の違いを計ってみました。

帰ってまず測定

体重 66.4kg

体脂肪率 23.5%

LBM 29.8kg/m

おおおっ、66kg台どうりで腹減る訳だ。

で久々に夕食を普通に食べる。

生姜焼き弁当。ぱく、ぱく、ぱく。

水。ごく、ごく、ごく。

んで、この結果

体重 67.1kg

体脂肪率 25.1%

LBM 29.6kg/m

食った分は増えとるなあorz

700gも俺食ってねーぞと思いつつ、晩飯を堪能しました。

夜中テレビ見てると、サイレンが映画化されるとのこと。

見たいけど、怖えーんだろなあ

ゲームでやった時は、あまりの怖さと難しさに進む気を無くしてしまった。

見たいけど、見たくない・・・

グルメレポ 

また、お泊りです。

測定出来ないので、昨日のグルメレポを…

天気のいい日曜、送迎をかねておいしいアップルパイ(ケーキ)が

あるという場所へ行ってきました。

場所はキャピトル東急(東横ではない!)

【赤坂見附の出たとこにあるのはエクセル東急でそれとは違います】

赤坂見付or溜池山王から5分くらい。あの首相官邸の隣!!!

そらー警官が山ほどいました。車で行ってたけどジロジロ見られました。

そで、東急内のORIZURUて言うレストラン

ここの、ドイツ風パンケーキがうまいとのことで早速入場

。。。。。。。。。。。。。

その前に、俺もそう思っていたんだけども、高々東急ホテルチェーンじゃん。

て、思いません。私そう最初思っていました。

でも行ったら建物は古いけど、内装と雰囲気が重厚やん。勝ち組の上流な感じだ。

それもそのはずホテルの経緯をみると、もともとヒルトン東京だったらしい。

【その後、84年にヒルトンは現在の西新宿へ移転、引き継いだのが東急らしい】

くれぐれも東横ではないのであしからず・・・

。。。。。。。。。。。。

とっても落ち着いたというより、おいら場違い(サイゼあたりが合う下流生活者)

お昼だったのでついでに、オムライスとクロックムッシュ(ハムとチーズの焼きサンド)

も頼む。

結構ファミレスにあるようなサンド系が豊富だったが、その辺は外国人の

多いからなのかもしれない

まずはクロックムッシュ。

ハムがお正月に食べるようなとっても肉してる感じだ(ぶー測6mm厚くらい)

チーズはとろとろ、んでパンがかりっとしていてうまい。

しかも耳の部分がなんかヤマザキの食パンとは違う。

表現しずらいけど、耳の部分だけまた違う味わいがある。ウマー

そのあとオムライス。

デミグラスソースが乗っていたのだけどこれがうまい。

とっても薄味なんだけど、ソースの風味(多分ワインだと思う)

がふんだんに出ててうまかった

そしてメインが登場tokyu1

ケーキと言っても、ほとんど薄いパイ生地の上にアップルが載ってるだけ

まじ皮だけ見たいだった。

結構普通のアップルパイというより、クレープのこんがり焼きみたいな感じ

tokyu2 とりあえず、ちょっとそのまま食ってみる。

こんがりして、うまい。でも、これだけーって感じ。

で、バターとシロップをたっぷりとかける。油っこそう~

「ん、なんじゃこりゃーーー。ううううううまいぞーーー」

バターが死ぬほどうまい。バターの味がしない。バターがパイの樹液のように

しっとりとして、それでいてしつこくない(よくあるコメント)

こらーすげー。絶品だ。

ちょっと感動。パイが薄いのも、バターを生かすためなのだと思った。

ちなみにお土産に買って帰ったバナナシフォンも激ウマだった。

。。。。。。。。。

ちなみに、ここ今年の10月で取り壊しをして、新しく立て替えるらしい。

もっかい行きたいな。

しかし、グルメレポ。難しいね。

キャピトル東急

http://www.capitoltokyu.com/

そういえばスキーオフな写真があった。

スキーオフの写真です。

eroero2 エロ犬です(笑

なんかエロ犬ってひわいだ。

(エロエロさんすいません)

wasabi2 山葵犬。

こっちの方がエロっぽい(爆

こういう人に近づいちゃだめだめ。

あれ、スキーオフの写真なんだけど…全然関係ないね。

理由。

なんで、ダイエット始めたか。それはね、

です。

核心までは話せませんが、単純には

「痩せたほうが、いいな」と言われてです。

でも、すごいですよね。今まで、痩せないといけないなって気持ちは

よくありありましたけど、実行までいかなかった。

そこで、この言葉

「愛だろ、愛」

やっと帰ったゾ。

おおすご、久々の再開です。

月曜から帰ってなかったんです。でも、えぼきぃさんほど

気合の入った貫徹はしてないんですけどね。

ちなみに、6日間ほったらかした顔(顔は洗ってますからね)

060203-1 ひげあんまし生えないんですよ。

だから、俺にしてみれば結構ジャングル状態です。

で、久々の測定結果

体重 67.7kg

体脂肪率21.3%

LBM 31.3kg/m

だいぶ落ち着いてきました。

でもね、ウエスト落ちてこないの_| ̄|○

よし、第2形態に移行するぞ。

何も考えてないけど…

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